この部屋の初稿で書いたヨーグルトの話題が意外に好評で、次はグルメもの、とリクエストがありました。そこで「もりグルマン」と名付け、いわてのおいしいもの(あくまでも私感)をご紹介するシリーズものを展開しようかと思います。いわば、私家版・盛岡のビブグルマン、です。
最初の特集は盛岡人(モリオカン)もきっとそうだと気付いていない、レベルの高い「男飯」を取り上げたいと思います。
盛岡は三大麺(わんこそば、冷麺、じゃじゃ麺)で有名ですが、早食い、大食いが決め手のわんこそばだけは、当たり前ですが特別な機会にのみ限られ、有名店に行っても、普通の一人前の蕎麦を食べます。
盛岡の蕎麦屋はレベルが高く、とっても満足な気持ちにさせてくれますが、もはや裏メニューとは呼べない「あれ」を扱う店が少なくありません。蕎麦屋のつゆが決め手の丼物といえばいくつかありますが、盛岡で群を抜いておいしく、紹介したいのが「カツ丼」です。
観光客の皆さんは滞在してもせいぜい2泊まででしょうから、食べるべき名物がいくつもあり、さすがにカツ丼を食べて帰って下さい、とは言えません。いわての人もどこかを旅行した際に、わざわざカツ丼を選ばないはずです。ですから、それなりにカツ丼を食べ比べたことのあるのは複数地域に住んだ人に限られ、盛岡でもそうは多くないはずです。なので、どれだけレベルが高いか、気付いていない人が多いのではないでしょうか。民俗学的にも面白い切り口で、食べ物に限らずそういうものが結構あるような気がします。
老舗の蕎麦屋なのに、盛岡では普通にカツ丼がメニューに載っています。蕎麦の名店が出すとなれば、きっとプライドがかかっています。門外不出の出汁の利いたおいしいつゆ。それに、そもそも食材も旨い要素だらけです。県産の良質な豚肉に鶏卵。白米から酒・醤油に至るまで、恐らくほとんどが地元食材でまかなえるでしょう(各店舗が何処の食材を用いているかは知りません)。仮にこうした名店からカツ丼が広まったとすると、このハイレベルが基準ですから、蕎麦屋以外の後続店も相乗効果で旨い一杯を提供しなくては勝負になりません。
盛岡には大衆食堂が少なく、「とりあえずカツ丼」を扱っている店が少ないことや、蕎麦チェーン店が進出していないことも、平均レベルにうなる要因かもしれません。東京の名店は江戸っ子気質なのか蕎麦一本、の場合が少なくなく、本格的なカツ丼はトンカツ屋さんで食べるイメージですよね。もちろん、盛岡のとんかつ屋さんのそれも、決して裏切らないハイレベルです。
刑事ドラマの取調室には、決まってカツ丼ですね。その味に感動し「刑事さん、俺がやりました」と涙ながらに容疑者が白状する、のが鉄板のシーンです。もう35年前になりますが、高校時代、警察署の取調室で調書作成に協力したことがあります(もちろん被害者の側ですよ!!)。全てが終わったのがちょうどお昼前だったので、刑事さんも付き合わせて悪かったと気にしたのでしょう、「坊主、カツ丼食うか?」って聞かれ、テレビっ子の僕は「本当にそう言うんだぁ」と妙に感心したのを記憶しています。実際に出てきたカツ丼がものすごく旨くて、、、と言いたいところですが、何処にもあるグリーンピースが乗った「普通」の出前カツ丼でした。
大抵の地域ではこういう普通のカツ丼が基本で、時々おいしいカツ丼に出会う黄金律なのですが、盛岡ではとってもおいしいカツ丼が基本で、普通のカツ丼に出会うのが時々なんです。この比率の違いにこそ、いわての食文化のレベルを垣間見ることができ、他のメニューにも結構当てはまります。
ある老舗わんこそば店ではカツ丼しか食べない、と言いきる知人がいますし、夏バテしそうになったら、まずカツ丼を食べに行くというモリオカンもいます。メニュー決めに優柔不断で、蕎麦好きな自分は、迷った挙げ句「そば・カツ丼セット」という悪魔的なランチメニューに手を出してしまい、決まって満腹で罪悪感に襲われます。旨いんですけどね、またやってしまった、と。
最近は夜の会食が激減し、小悪魔なカツ丼を注文できるようになり、心置きなく食べられます(蕎麦は我慢)。そんなことで、この原稿を思いつきました。観光客の方、食べずに帰れないと思ったら、駅前のわんこ蕎麦屋さん、駅ビルの地下でもおいしいカツ丼にありつけますよ。